これは オックスの解散した後に
オレ自身が何を歌っていいのかわかんなくなって
試行錯誤してた頃のお話です
「Ma vie s’en va!」
日本語のタイトルは「人生は過ぎ行く」って言うんだけどね
この歌は日生劇場でロングランコンサートをやってた
越路吹雪さんのステージで初めて聞いた歌なんだよ
オックスは 失神バンドなんていうネーミングで
賛否はあっても世の中の人に認知されてそれなりに
GS後期を牽引した人気グループだったしね
解散後のオレも 当時はソロ歌手「野口ヒデト」で
活動してたからステージングに対してはそれなりの
自負もあったんだよね
オレはステージングでは誰にも負けてないって思ってた
(驕りだったよなぁ)
だから
最初はさ あまり人のステージを見に行くなんて
乗り気じやなかったんだよね
まぁ ジーパンにTシャツでのんびりと見ようかななんて
考えて行ったのが大間違いだったねぇ
ディナーショーじゃないの?と見間違えるくらいに
着飾った人がうようよいたよ
それも ほとんどの人が女性なんだよね
「うわっ えらいとこに来ちゃったな」と思ったのが本音
で
帰りたいくらい気恥ずかしくてねぇ
とはいえ着替えに帰る時間もないしさ
まぁ いいや 来た以上は見ていこうと思ってさ
越路さんが出てきた時は???って感じだったのに
だんだんと前のめりになって 食い入るように
ステージを見つめてるオレがいたんだよ
そして「人生はすぎゆく」
この歌を聞いたときに脳天をハンマーで殴られたような
ショックがあったのを思い出します
越路さんのロングランの秘密はこれなんだと思ったね
(もっと勉強しないといけないって初めて思った日がこの日)
オレよりもかなり年上の越路さんが
ステージに腹ばいになって唄うんだよ 度肝を抜かれたなぁ
ご本人も歌の世界に入ってるし こちら側も引き込まれてる
これはオックスのテルミーの現象と同じだと思ったけど
次元が違うって感じかなぁ
(比べる事自体おかしいけどね)
これが大人のエンタテイメントなんだと実感させられた
ステージだった
この後は 池袋ACBでシャンソンを猛勉強したっけ
ファンの人はおあいそでも喜んでくれたけど
バックバンドの人達はオレの歌に痛烈な批判をしたね
「ひでとには早い 歌の持つ詩の世界を表現してない」
なんて言われたなぁ
だから その言葉に対して当時は猛烈に反発したし
そんな事を言うようなバンドはさっさとやめてもらったっけ
でも 今ならわかるよバンドの人達の言ってた意味合いが
意地悪でも何でもなくアドバイスだったんだなって・・・
今考えると申し訳ないことをしてしまった
今 音源が残ってるから時々聞くときがあるけど
今のオレでも そういう風に言うんだろうなと思うもの
それから真木ひでとに改名して現在に至ってる訳だけど
やっと シャンソンを唄っても聞き手側に届くようになったかな?
と思ってるんだよね
ここ2~3年 自分のショーでも数曲くらいシャンソンを
歌うときがあるんだけどその時の客席の反応が
すご~くいいんだよね
これからも ジャンルにこだわらないで
「真木ひでと」じゃなきゃ表現できない
と言われるような歌手になっていきたいなぁ
まぁ
昔からあまりジャンルにこだわらない歌手だもん オレ
炎歌歌手なんて言いながら「カモン」なんてロックニュアンスの
歌をリリースして♪ニューイヤーズロックフェス♪に出たかと思えば
その後に すぐリリースしたのが「雨の東京」だからねぇ
当時は レコード会社の人達からも
「ひでとはコウモリ歌手みたいだね」なんて言われたよ アハハ!
いつかは 越路さんの歌ったような歌を唄いたいと思ってるんだ
「人生はすぎゆく」はセリフが主なんだよ
♪好き 好きよ 好き 好き♪
こんなセリフがメインなんだ
それにはテレをなくして 主人公として芯からその歌と
向き合わなければいけない気がするなぁ
いつか 失神ではないけれどステージに転がって
手を伸ばして訴えかけるようになってるオレがいるかもしれない
その日がくるのを楽しみにしてて下さい
真木ひでとって歌手の歌はすべてが炎歌なんだよね
「人生はすぎゆく」のほかにも「ミロール」etc
シャンソンには凄い歌がたくさんあるよ
ライブシンガーでなければあの色あいは出せないと思う
頑張るぞ! 歌える日まで
それが ライブシンガーとしてのオレの最後の挑戦かも
知れないと思うんだ
ロックもいいけどシャンソンも素晴らしいしカントリーも
否 歌はすべてが素晴らしいよ 歌謡曲も含めて
宝石箱のようにキラキラ輝いている歌がたくさんあるよ
その ひとつひとつを磨きながら真木ひでと流の歌に
変えていきたいなぁ
急がなきゃね 先が・・・
これからは1年・1年が勝負の年になるからね
毎年 テーマを考えて歌にチャレンジしてみようかな
とりあえず 楽しみにしててね